日記 2018-11

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2018-11-28

日誌の書き方

私は日誌を付けている。まあ、日記と同じ。日誌という事務的な呼び方が気に入っているからそう読んでるだけ。頭に浮かんだこと、実際にあったことを記録している。

最近、日誌を書くイメージが固まってきた。コツをつかんできたというか。いい感じ。なんか、バナナのイメージ。バナナは熟れて斑点がでてくるまで待ったほうが美味しい。日誌も同じように、自分の中でテーマが熟すのを待って、書く。

日常のなかで、同じテーマが3回くらい頭に思い浮かんだらまずはスマホにメモする。そして今度は意識的に考える。例えば、歩いているとき、お風呂に入っているとき。そこでテーマを深める。なぜ頭から離れないのかを考えたり、他のことと関連付けたり、過去のことを振り返ったり。これを繰り返す。そのあと「やっぱり、これは重要なテーマだな」と思ったら日誌に書く。日誌に書くことで、さらに話は深まる。満足するまで書いたら終わり。もちろん、この過程で消えていくテーマもある。選別を繰り返すことで重要なテーマだけが残る。

これは優れた仕組みだと思う。「待ち」が肝心。でもただ待つわけじゃない。テーマを「育てていく」かんじ。果物を育てるのに近いのかな。いくつか間引きつつ、有望なものが熟すのを待つ。袋をかぶせたり、光を当てたり、栄養をやったりして大切に育てる。

日誌を書いたら頭がスッキリする。余分な荷物が減って、次に新しいことを考えるためのスペースができる。そこがいい。私が日誌をつける一番の目的は、精神衛生。心を落ち着けるために書いてる。

日誌のテーマは実際の出来事から着想を得ることが多い。「誰かの言葉を聞いて、違和感を感じた、腹が立った、感動した」とか。自分の心が揺れ動いたときは自分の知るチャンスだと思う。特に腹が立ったとき。カチンとくるのは、相手の行為が「自分の価値観に反したとき」や「自分のコンプレックスに触れたとき」が多い気がする。そのとき「なぜ腹が立ったか」を分析することで自分の価値観を浮き彫りにできる。

だからかなぁ。最近、私は腹を立てなくなった。いや違うな。正確には「腹を立てるけど、すぐに分析を始めるので怒りの感情が消えてしまう」だな。

まあ、とにかく。日誌をつける習慣はうまくいってる。


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