日記 2019-07

目次


2019-07-30

スピード=歩幅×回転数

将来への不安

毎日、不安に思うことがあります。「自分が人生で何も残せなかったらどうしよう」ということです。偉大な仕事を成した人々を見るたびに、心がざわざわします。私も彼らのようになれるだろうか。何も成し遂げられないまま死んでしまうのではないか。特に、同世代で活躍している人をみると不安でたまらなくなります。全く別の分野であっても。たとえば、大谷翔平選手の活躍を新聞で読むと、「すごいなあ」と感心する反面、悔しいです。自分が「何者でもない」ことをはっきりと感じるからです。

有名になりたいとか、お金持ちになりたい、というわけではありません。「じゃあ、一体何を目指しているの」と言われたら、実はそれにもうまく答えられません。ただ、何か新しいものをこの世に作り出したいと思っています。誰も気づいてない感情を言葉にしたい。世間の一般的な価値観に対して、新しい見方を提示したい。

そのぼんやりした目標に向かって、日々努力もしています。正しい方向に向かっているという手応えもあるし、前に進んでいるという実感もあります。でも、毎日少しずつしか進まないのです。進捗の遅さに腹が立ちます。「これだけ頑張っているのに、たったこれだけしか進まないのか。こんなんじゃ、きっと何もできないまま死んでしまう」と。自分の好きなことをしていたはずなのに、気づいたらイライラしている。

こんなふうに焦るのは私だけではないのでは?多くの人が何かを本気で目指して、理想と現実のギャップにため息をついている。それを埋めようと必死になるほど空回りしてしまう。

スピード=歩幅×回転数

自分の状況を観察するうちに一つの話を思い出しました。短距離走における「回転数と歩幅」の関係です。 私は、速く走るには足を速く動かすのがいちばん大切だと思っていました。でも実際は、歩幅と回転数のバランスが大切なのだそうです。一流のアスリートでも、速く走ろうと焦るあまり、歩幅よりも回転数に比重がよってしまいがちです。その結果、タイミングが合わなくなりバランスが崩れ、タイムを落とす。これは、自転車が重いギアから軽いギアに変わった瞬間に、バランスが合わず踏み外してしまう感覚に似ています。

(参考)
なぜ、山縣はケンブリッジ、桐生に勝てたのか

この説明は、私の状況をよく表していると思いました。回転数ばかりを求めてバランスを崩していると言えそうです。焦るときほど、目の前の一歩(歩幅)に集中すべきでしょう。丁寧に取り組み、結果を出す。回転数と歩幅のバランスがとれてこそ、スピードに乗れます。

このようなイメージを持っていれば、落ち着いて毎日の作業に向かえる気がします。ゆっくり確実に進むほうがかえって近道になると信じられるからです。焦るたびにこの話を思い出すことにします。


2019-07-30

正直なのは楽

私はまっすぐな性格で、嘘をつかない、皮肉を言わない、お世辞も言わない、率直に褒めるほうです。人から「あなたは徳があるね」というようなことを言われますが、いつも心のなかで戸惑ってしまいます。私が正直なのは、高尚な理由からではなくて、「楽だから」そうしているにすぎないのに、と。

「自分のためにやっていることが人からも喜ばれるか」は「最終目標をどの時点に置くか」によると思います。

このことを考えるとき、私はいつも星新一のショートショートを思い出します。そのお話の主人公は平凡なサラリーマンです。彼は会社のお金を横領しようとしますが、平社員の彼が横領できる金額はたかが知れていると気づいて、考え直します。出世してもっと多くのお金を盗もうとするのです。それから彼は一生懸命働き出世していきます。彼が「もっと多くの金を横領してやろう」と企むほど、周りの人から称賛されるのでした。

このように最終目標を遠くに設定するほど、人から喜ばれることが多いように思います。(もっとも、この主人公は罪を犯したあと、人から喜ばれるどころか莫大なコストを負うでしょうけれど)

嘘をつけばその瞬間は有利になるかもしれないけれど、結局その嘘がバレないように嘘を重ねなければなりません。それに、人の信頼を失うといろんなことがやりにくくなるものです。長い目で見たときはデメリットが多すぎます。だから私は嘘をつかない。

こんなふうに考えていくと、最終目標は「死」に置くのが適当でしょう。どうすれば死ぬときに私は満足するか。その基準に従って選択していけば、周りの人との利害も一致するのではないか。そんなふうに思います。


2019-07-30

自分に正直に

「クラスで独りぼっちになったらどうしよう」「友達に嫌われたくない」って思ったことはありますか。私はあります。小学生や中学生のとき心配でした。

クラスで友達を見つけていつもその子と行動するようにしていました。一人で行動するのは恥ずかしいから。嫌われたくなかったから、嫌なことをされても「やめて」と言えませんでした。靴を踏まれたり、ひどいことを言われたりしても。本当は勉強が好きだったのに、勉強が嫌いなふりをしていました。クラスの子が皆そうだったから。

自分を隠していたわけです。嫌なことを嫌って言えなかったし、好きなことを好きって言えなかった。

今、私は後悔しています。あのとき、自分に正直だったら、もっといろんなことができたでしょうね。つまらない友達と遊ぶのに時間を割かなかっただろうし、自分の好きなことに打ち込めたはずです。

こんなふうに後悔するのは私だけではありません。多くの人が周りの期待に答えるために自分を偽ったことを後悔しています。オーストラリア人のブロニー・ウェアは、終末期ケアで多くの患者を看取ってきました。末期患者が彼女に伝えた後悔のなかで、もっとも多かったのが次の五つでした。

  1. 自分に正直な人生を生きればよかった
  2. 働きすぎなければよかった
  3. 思い切って自分の気持ちを伝えればよかった
  4. 友人と連絡をとりつづければよかった
  5. もっと幸せを求めればよかった

参考
死ぬ瞬間の5つの後悔 ブロニー ウェア

「自分に正直な人生を生きればよかった」「思い切って自分の気持ちを伝えればよかった」「もっと幸せを求めればよかった」このように人々は他の人のことを気にして自分らしく生きられないまま死んでいきます。これは悲しいことです。

自分を隠して友達と仲良くするのは、本当の友情ではないと思います。ありのままの自分を大切にしてほしい。もしかしたら何人かの友達は離れていってしまうかもしれません。でも自分に正直でいたら、違う友達ができるはずです。ありのままのあなたを愛してくれる友達が。それが本当の友達ではないでしょうか。

嫌なことは嫌、好きなことは好き、と言う勇気を持ってほしいと思います。

最後に私が好きな歌を紹介します。映画「アナと雪の女王」の主題歌「Let It Go」です。ありのままの自分を見せるエルサの姿をみると、勇気が湧いてきます。


2019-07-30

前に進んでいたい

読み手にウケそうな文章を書こうとしている自分に腹が立つ。「あの記事が喜ばれたから、あんな感じの文章を書こうかな」なんて考えてしまう。

それは守りの姿勢だ。そんなんじゃ、いつまでたってもずば抜けた文章は書けない。攻めて、攻めていきたい。今まで上手くいったやり方に固執したくない。

すでにあるものを模倣する必要はない。だって、もうあるんだから。

この世にないものを生み出したい。常に新しさがほしい。今までとはちょっと違った文章。

私は同じ話をするのが嫌いだ。誰かと話すときはいつも新しい話題を出す。それは文章でも同じ。まだ誰も書いてないことを書きたい。自分も知らなかった感情を見つけたい。ありふれた生活のなかに新しい価値を見い出したい。

たとえ上手くいかなくても構わない。いつも前に進んでいたい。


2019-07-30

学ぶ価値

学ぶ力が貧富の差を生む。誰でもネットの情報にアクセスできる今、自ら学ぶことがますます重要になる。


2019-07-30

多様性

人間って面白いなあ。いろんな人がいる。人間観察は飽きない。


2019-07-30

ラベンダーと人生

大学時代の「むだ」が私の人生に彩りを与えてくれるだろう。良い香りと一緒に。

ラベンダーのような人生を歩きたい。あのような柔らかい香りのする毎日を過ごせたら。素敵じゃない?

未来にわくわくするのは若者の特権かな。想像の余地があるって素晴らしいことね。


2019-07-30

駄作と傑作

一つの傑作を生み出すために、いくつものガラクタを書かなければならない。そうしなければ傑作までたどりつけない。


2019-07-30

習慣を見つける

一つのことを続けるのは難しい。そのときに考えるのは、「どうすれば続けられるか」だろう。

けれど、こう考えてはどうだろう。「私が難なく続けられることは何か」と。

その質問に答えるとき、自分の天命が見つかるかもしれない。

天才とは、自分の才能を見つけた人ではないか。


2019-07-30

一日一歩

一日に進める距離はごくわずか。たかが一日、されど一日。目の前の一歩に集中しよう。


2019-07-30

お金がなくても

あるご婦人が話していた。「お金がなくてもエレガントな生活はできるのよ」、と。

そして、私の祖母を思い出す。彼女は裕福な家に生まれた。結婚してから夫が早くに亡くなり、お金に苦労したがそれでも気位が高かった。

心のもち方が大切だなと思う。


2019-07-30

目指すところ

好かれるキャラがある。だけど「人に好かれるか」を基準にすると、後で苦しい。

自分の基準を持たなければならない。私はどういう自分が好きか。どんな自分になりたいか。


2019-07-30

光陰矢のごとし

時間を大切にしているのに、一日は瞬く間にに過ぎていていく。きっと人生もあっという間なんだろうなあ。


2019-07-31

一人の時間

* * *

SDカードを整理する

今日の午後、私はパソコンでSDカードの整理をしました。 私はSDカードにあらゆる活動の記録をつけています。日記、読んだ本、読みたい本、家計簿、感動した文章、英語を勉強した記録、料理のレシピ、パソコンの設定、などなど。GmailやGoogle Calendarを使ってクラウドに置いているものもあるけれど、基本的にはSDカードに記録しています。

このSDカードのデータを半年に一度、ディスクにそっくり保存します。これはアーカイブと言って、データを長期的に保存することです。アーカイブを取ったら、今度はSDカードの内容を更新します。不要なファイルを消したり、ファイルの置き場を変えたり。

このSDカードを整理するときに、実はかなり頭を使うと気づきました。それぞれのファイルを適切に処理するには、そのプロジェクト(フォルダ)が私にとってどのような意味を持つのか考える必要があります。

プロジェクトの状態は変わります。

・4か月前は熱心に取り組んでいたのに、最近はすっかり興味を失った。
・軽い気持ちで始めたのに、今では最も重要になった。
・少しずつだけど着実に進んでいる。

整理が終わったフォルダの一覧を見ると、活動をひと目で把握できます。まるで自分の頭のなかを見ているような気分です。 これをもとに、これからの活動を考えます。どこを改善すべきか。別々のプロジェクト同士を関係づけられないか。どこに力を入れたいか。

SDカードを整理するという作業を通して、私は自分の活動を俯瞰しています。自分の活動を振りかえり、これからの活動を考えている。

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リトリート

リトリート(retreat)とは、「キリスト教信者が生活の場からはなれて聖書を黙想すること」を指します。私は今、大学生で寮に住んでいます。キリスト教の団体がこの寮を運営しており、スタッフも皆さんがキリスト教信者です。

スタッフには月に一度、黙想会という日があります。この日は、別の研修施設で一日を過ごします。街から離れたところにある、静かな場所です。神父様のお話を聞いたり、お御堂で自分を振り返ったりするそうです。

私はキリスト教信者ではありませんが、これは良い習慣だと思います。

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研究だけの時間

先日、興味深いツイートを見つけました。

生産性の高い研究者

ある研究者は「研究だけの時間」を定期的にとるそうです。期間は3日ほど。会議も学会も学生指導も入れない。そうして集中して研究に取り組んだあとは、また雑用に追われ、研究はすきま時間でこなさなければならない。でもその3日間のおかげで、少しずつでも研究を進めることができるのだそうです。

* * *

自分の人生を生きる

誰にとっても、リトリートのような時間は大切でしょう。なぜ大切かというと、自分の活動は日々の忙しさに埋もれてしまうからからです。

そもそも、自分ひとりが生きていくだけでも大変です。洗濯。そうじ。買い物。料理。手続き。そのうえ、私たちは周りの人々の期待に囲まれています。その期待を裏切りたくないから、山のような作業をこなしていきます。頼まれていたことを期日までにやり遂げたり、家族や友達の記念日を祝ったり。情報社会もうるさいものです。広告は私たちに「商品を買え」と迫る。頼んでもないのに「おすすめ」を知らせてくる。うっかりURLを開いたら、1時間がどこかに消えてしまっていた、なんてよくある話です。

私はそんな状況に陥ったことがあります。一生懸命走っているのにどこにもたどり着けないような、そんな感じです。自分はどこに向かっているのか、何のために生きているのか、分からない。理想と現実のギャップが大きすぎて自分が嫌になります。

要するに、他人に人生を渡してしまっているのです。特定の誰かかもしれないし、周りの人全員かもしれない。「誰かの期待に答えなければ」「みんなに称賛される人間になりたい」そういう思いが支配して、自分の人生を生きられなくなっている。誰かのために生きていました。

そして、あまりに多くの人がこの罠にはまります。晩年になって「こんなはずじゃなかったのに」と嘆く。それは悲しいことです。

大切なのは自分の意志です。どんな結果になろうとそれは変わりません。「自分で選んだ」と自信をもって言えるか。「こうすれば勝ち組なれるよ」「これをやっておけば安泰だよ」と誰かに言われたからやるのですか。それだと後悔します。現実が違ったときに、その人のせいにしてもどうしようもありません。誰も責任を取ってはくれません。他でもなく「私」がばちをかぶらなければならないのです。

自分と対話しましょう。常に自分の心の声を聞く。私は何がしたいのか。

* * *

時間を組み込む

といっても、自分の声に耳を傾けるのは難しい。さきほど書いたように、私たちの周りには雑音があるから。自分の将来について考える暇なんてありません。

だからこそ、自分のことを考える時間をあらかじめ設定しておくのが大切だと思います。たとえば

・半年に一度SDカードを整理して、自分の活動を見直す。
・月に一度、リトリートする。
・研究だけの時間を3日間確保しておく。

考える時間を生活のなかに組み込んでおくわけです。そうすれば、必死の努力をしなくても自然に時間を取れます。

あなたの生活のなかに「一人で考える時間」はありますか。そのような時間を予定に組み込めるでしょうか。どのような仕掛けなら上手く機能するでしょうか。